ボストン日本人研究者交流会 (BJRF)

ボストン在住日本語話者による、知的交流コミュニティーです。

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2023

第211回 講演会

日時: 2023年12月16日(土) 16:30-18:30
会場: MIT E51-325
「膵癌のはなし:科学と実践のはざまで」

佐藤 裕基 氏

マサチューセッツ総合病院 Surgical oncology

旭川医科大学 内科学講座 消化器内科学分野


膵癌-「治りにくいがん」の代名詞になっています。膵臓というあまり目立たない臓器に発生するにもかかわらず、多くの命を奪ってきた難敵です。患者さんにとってもつらい疾患であり、私にとっても多くの出会いと別れがありました。これまで多くの先人たちがこの疾患に挑戦してきましたが、この「難敵」を倒すためには、あらゆる角度から攻める必要があるようです。現在、早期診断や化学療法の進歩により着実に予後は向上しつつあり、少しずつ光明が見えてきました。この進歩を支えているのが、膨大な基礎研究とそれに裏打ちされた臨床研究です。今回は、私たちが取り組んできた膵癌研究について、基礎研究・臨床研究の双方から振り返ってみたいと思います。「治りにくいがん」から脱却するための、膵癌のScienceとPracticeの接点に焦点を当ててご紹介します。より良い膵癌治療について、最新のエビデンスとともに一緒に議論したいとおもいます。

第一講演
「Artificial Intelligenceは画像診断医学の未来を変えるのか?」

林 大地 氏

Interim Chair, Department of Radiology, Associate Professor of Radiology, Tufts University School of Medicine

Harvard T.H. Chan School of Public Health, Master in Health Care Management


今日、オンラインの医学論文検索サイト(PubMed)で「Artificial Intelligence(AI)」と「Radiology」の二語を用いて検索をかけると、約二万二千件の論文がヒットする。Radiology(画像診断医学)の研究において、もはやAIはなくてはならない存在となった。Radiology関係の学術雑誌を開くと、AIを用いた研究の多さに驚かされる。AIを使えば人間の画像診断医が画像を分析して診断をつける必要がなくなるのではないか?AIさえあればコンピューターが自動的に病変の診断をつけることが出来るので、いずれ画像診断医という種類の医者は絶滅においやられるのではないか?かような噂がまことしやかに流れているが、果たして本当にそうなのだろうか?本講演の前半ではAIの歴史を振り返り、医療に応用できるAIの種類について解説する。後半では、具体的に私がどのような研究を行っているのか(例:骨軟部レントゲン写真における骨折や脊椎の側弯症の検出、ならびに胸部単純レントゲン写真における肺病変の検出など)を紹介しつつ、AIを用いた画像診断の研究を新しく始めるには何を考慮して、どのようなステップを踏む必要があるのかを実体験とシミュレーションを交えて紹介する。

第二講演

第210回 講演会

日時: 2023年11月18日(土) 16:30-18:30
会場: MIT E51-325
「Planetary Health −Rethinking Health System Sustainability under Climate and Environmental Changes」

島袋 彰 氏

Health and Global Policy Institute

Harvard Kennedy School


プラネタリーヘルスという言葉を耳にしたことはあるでしょうか?この概念は比較的最近提唱されたもので、人類の種々の活動によって引き起こされた地球環境の変化や自然システムの変容が人間の健康に及ぼす影響を分析し、学際的な取り組みと社会運動などを通じて人間と地球の健康の実現を目指す公衆衛生学の一領域とされます。このうち、気候変動が人間の健康に及ぼす影響や対策に関しては国際的な関心が高まっており、気候変動対策に関する国際会議であるCOP28(国連気候変動枠組条約の締約国会議)では健康について議論する日が初めて設けられる予定です。今回の講演では、私が医療政策シンクタンクで取り組むプラネタリーヘルスの研究、政策立案、及びアドボカシーの取り組みをご紹介します。アカデミアにおける研究との違い、または研究と政策立案の間に存在する谷を埋めるシンクタンクの役割についても知って頂く機会になれば幸いです。

第一講演
「iPS細胞―網膜オルガノイドで切り開く視機能再生医療」

山崎 優 氏

Sumitomo Pharma America


近年、ES/iPS細胞から自己組織化によって自律的に複雑な構造を作り出すオルガノイド研究が目覚ましい進展を見せています。この方法論により生物の発生を模倣することで、様々な組織を試験管の中で作り出せるようになってきました。網膜オルガノイドは、視細胞を含む網膜を構成する複数の細胞からなる、胎児網膜と似たオルガノイドであり、網膜色素変性といった視細胞が変性死する疾患に対する細胞医薬の供給源として注目されています。2020年には、ヒトiPS細胞から作製した網膜オルガノイドの一部を切り出した網膜シートを移植する臨床研究が開始され、すでに患者への投与が行われています。本講演では、iPS細胞からどのようにしてオルガノイドを作りだすのか、またオルガノイドを用いた臨床応用の現状と課題、さらなる有効性向上のためのアプローチについてお話し、再生医療の未来について皆さんと一緒に考えることができればと思います。

第二講演

第209回 講演会

日時: 2023年10月21日(土) 16:30-18:30
会場: MIT E51-325
「がん転移のメカニズム ―蛋白質科学とがん生物学の視点から―」

由井 杏奈 氏

Department of Biomedical Engineering, Tufts University


日本人のおよそ2人に1人が、生涯のうちにがんと診断されると言われています。近年のがん研究の進展により、がんによる死亡率は低くなっていますが、その一方で、一たびがんが「転移」してしまうと治療の難易度が一気に上がり、患者さんの生存率が低いというのが現状です。 がん転移は原発巣から周囲の組織への浸潤や、血管・リンパ節への侵入、転移先の組織への漏出、そして転移先でのコロニー形成などの多段階のステップを経て起こります。その過程では、様々な種類の蛋白質や細胞、そしてそれらを取り巻く細胞外マトリクスが互いに影響を与え合います。 本講演ではがん転移のメカニズムについて、がん細胞上に発現する蛋白質であるLI-cadherinの構造や機能に着目した「蛋白質科学」分野の研究と、トリプルネガティブ乳がんの化学療法が腫瘍微小環境に与える影響に着目した「がん生物学」分野の研究、二つの異なる視点からの研究をご紹介いたします。

第一講演
「Glia; 脳の中のバイプレーヤー(?)」

濱中 玄 氏

Neuroprotection Research Laboratory, Department of Radiology and Neurology

Massachusetts General Hospital and Harvard Medical School


“脳”と言われたら、みなさんは何を思い浮かべますか?多くの方が“脳には神経細胞がいっぱいあり、行動や感情を制御している組織”と思うかもしれません。正解です。しかし、実際に脳を観察してみると、脳の中には発達した血管網が張り巡らされているだけでなく、神経細胞をサポートする細胞群が存在します。この細胞群は “Glia(グリア)”と呼ばれており、神経細胞を物理的に支えるだけでなく、さまざまな栄養因子やイオンの分泌や吸収、異物や損傷した細胞の除去など、私たちが生きるために、その恒常性を維持する働きをしています。では、脳内で怪我や病気が生じてしまったら一体どうなるのでしょうか?現在、私は “脳卒中”と“認知症”を研究対象としており、私の所属しているグループではGliaの一種であるオリゴデンドロサイト前駆細胞(Oligodendrocyte Precursor Cells; OPCs)に注目をしています。最近、私たちのグループは、このOPCsに新たな機能があることを示したので、それをみなさまに紹介しつつ、MDではないSCIENTISTの視点から脳卒中・認知症の研究の話をしようと思います。

第二講演

第208回 2023年度基調講演会

日時: 2023年9月23日(土) 16:30-18:30
会場: MIT E51-325
「シリコンフォトニクス」

和田一実 氏

Massachusetts Institute of Technology, The University of Tokyo


人類史、いわゆる石器時代、青銅器時代、そして鉄器時代にならえば、現在はシリコン時代と言えよう。シリコンは、集積回路(LSIs)の基板として情報処理の高速化・低電力化をもたらし、近年では新たな情報処理担体として高速な光を用いる光集積回路(PICs)の基板ともなり、高度情報処理社会のさらなる発展のための「道具」を人類に提供し続けている。シリコンフォトニクス(SiPh)はその基盤技術体系であり[1]、現在日米欧で国家プロジェクトとして推進されている[2]。  光通信によって確立された1.55µm帯のレーザー光に対しシリコンは透明であり、しかもシリコンの導光路は急峻に(波長オーダーで)曲げても伝播損失が低い特徴を持つため、光回路を小型のチップに集積する道が拓かれた。さらに、この波長帯はゲルマニウム(Ge)により吸収され、その能動光デバイス化に関する研究が進んだ。これらシリコンプラットフォーム上のデバイス群からなるPICsチップはCMOS互換であり、「ファンドリー」生産が可能なため、デバイス基礎からPICsチップのManufacturingまでの研究のturn-around-time (TAT)が短縮し、中心課題はpackagingとなっている。 本稿では、筆者とそのグループがMITと東大で推進したSiPhの材料、デバイスおよびシステムに関する研究を概説する。具体的にはシリコン上の無転位Geのエピ成長[3]、歪みGeを活用した受光器[4]、変調器[5]、レーザー[6]、さらにはクロック伝搬回路(H-Tree) などを紹介する。これらを集約した、データセンター、3Dイメジャー(LiDAR)、センサーなどのシステム実装が国家プロジェクト[2]により推進され、SiPhはサステナブルな社会の実現手段として高い期待がある。  歴史に名を残す材料群は人類の「Quality of Life (QoL)」を高めてきた。これまでのQoLは「快適・便利」が主であったが、今後は「安心・安全」の比重が増すと考える。我々の進めるSiPhの医療応用に関する研究を紹介する。

参考文献

[1] 和田 一実、L.C. Kimerling, 応用物理 76, 141, 2007. https://www.youtube.com/watch?v=I79Y71x5rcQ

[2] https://www.aimphotonics.com, https://www.photondelta.com, http://www.pecst.org/outline_en.html

[3] H.C. Luan, et al., Appl. Phys. Lett., 75, 2909, 1999.; M. Yako, et al., IEEE J. of Selected Topics on Quantum Electronics, 24, 8201007, 2018.

[4] Y. Ishikawa, et al., Appl. Phys. Lett. 82, 2044, 2003.

[5] J.F. Liu, et al., Opt. Express 15, 623, 2007.

[6] R.E. Camacho-Aguilera, et al., Opt. Express 20, 11316, 2012.

第一講演

第207回 講演会

日時: 2023年5月20日(土) 16:30-18:30
会場: MIT E52-164
「生命の造形美 自己組織化とDNA Nanotechnology」

早川 大智 氏

Brandeis University, Physics


機械と生命は何が違うのでしょうか?我々に機械は造れても未だに生命を造れないのはなぜでしょうか?積分を発明した17世紀の哲学者、ライプニッツは「生命とはその細部においてまでも機械である」という言葉を残しています。21世紀、分子生物学やマテリアルサイエンスが発達した現在、我々は生命を作り上げている「小さな機械」を操る力を手に入れつつあります。本講演では近年発達したDNAナノテクノロジーを軸に、どのようにしてこの「小さな機械」を人工的に造ることができるのか、またこれら「小さな機械」に情報をプログラムすることで得られる自己組織化パターンについてお話しします。

第一講演
「グリアトラップ:脳腫瘍細胞の捕獲装置」

吹田 裕介 氏

Brown University, Department of Pathology and Laboratory Medicine, Division of Biology and Medicine


脳腫瘍、特にグリオブラストーマは、腫瘍の中でも最も悪性度の高いものの一つです。現在承認されている治療法では再発がほぼ避けられないとされ、効果的な治療法はまだ見つかっていません。このため、新しい治療法の開発が急がれています。グリオブラストーマ再発の主要な原因は、併用療法後に残存したがん細胞であると考えられており、この細胞を除去することが治療上の課題の1つとされています。解決策として、グリアトラップと呼ばれる新規治療法が開発されました。本講演では、グリアトラップを紹介させていただき、他の治療法との組み合わせによってもたらす希望的な未来及び課題について一緒に議論できれば幸いです。

第二講演

第206回 講演会

日時: 2023年4月15日(土) 16:30-18:30
会場: MIT E52-164
「ウニから紐解く生命の始まり」

江村 菜津子 氏

Brown University MCB Department

(Molecular Biology, Cell Biology, and Biochemistry)


私たちヒトを含む全ての生物は受精卵と呼ばれるたった1つの細胞から始まります。その後、受精卵は様々な成長(発生)過程を経て、ヒトの場合、約38週間で完全な一個体として誕生します。一見、当たり前に感じるかもしれませんが、たった一つの細胞が最終的に複雑な構造を持つ生物に成長することは、とても神秘的で不思議な現象です。これまで多くの科学者がこの現象に魅了され、様々な動物、様々な視点で発生学における研究をしてきました。私も魅了された一人であり、現在はウニやヒトデといった棘皮動物の受精卵を用いて研究をしています。ウニは発生学を代表するモデル生物であり、長年にわたり研究に使用されてきました。本講演では、私の以前の研究対象であるブタなどと比較しつつ、主になぜウニを使って研究するのかに焦点を当てて説明を行っていく予定です。今回の講演を通して、生物が誕生する不思議や発生学の面白さを感じていただけると幸いです。

第一講演
「人の「つながり」から都市を科学する」

矢部 貴大 氏

MIT, Institute for Data, Systems, and Society (IDSS) & Media LAB


新型コロナ流行時には、「今日の新宿の人出は平時から60%減です」といったようなニュースをほぼ毎日耳にされたのではないでしょうか。近年、携帯電話等から取得される大規模な人間行動データの活用は、感染症拡大のモデリングから災害時の復興のモニタリングまで、都市の動的な観測を必要とする様々な場面で活用されるようになりました。私はこれまで、行動データ解析を使って、様々な外的なショックに対する都市のレジリエンスを研究してきました。本講演では、私の最近の研究成果をもとに、ポストコロナ期における社会ネットワークの変化について紹介します。具体的には、新型コロナが人々の行動様式をどのように変え、それによって人々のネットワークがどのように形と質を変えたか、さらには定着した行動変化が地域経済にどのような影響を与えるかについて議論します。

第二講演

第205回 講演会

日時: 2023年3月18日(土) 16:30-18:30
会場: MIT E51-325
「妊娠を目指すカップルと食事の関連について」

三ッ浪 真紀子 氏

ハーバード公衆衛生大学院 栄養疫学部門


食事や運動習慣が糖尿病、心血管疾患などいわゆる“生活習慣病”と関連することは広く認知されていますが、実はがんの発症や妊娠とも関連していることはご存じですか?妊娠といっても女性パートナーだけでなく、男性パートナーのライフスタイルもとても大事です。妊娠したいカップル、妊娠中に病気になってしまった妊婦さんの産婦人科医としての診療経験から、健康な食事とは何か、妊娠したいカップルが準備できることはあるのかをメインテーマにハーバード公衆衛生大学院栄養疫学部門でコホートデータを用いて研究をしています。今回の講演では、私の研究をご紹介しつつ、妊娠と食事の関連、プレコンセプションケアについてお話します。健康な生活習慣を持つことは妊娠だけでなく、その後の人生にも大切になってきますので、今回の講演が皆様のライフスタイルを振り返るきっかけになれば幸いです。

第一講演
「政治(学)におけるデータの活用」

佐々木 智也 氏

MIT, Department of Political Science


ビッグデータやAIといった単語が広く知れ渡るようになってきましたが、政治や政治学においてもデータの活用が広範に及んでいます。特にアメリカでは、世論調査や選挙結果といった基礎的なものだけでなく、有権者の投票の有無や企業の献金額など、政府や企業が管理する多様なデータが分析に使われるようになり、政治学の研究や政治家の行動に多大な影響を与えてきました。他方で、データを盲目的に活用するわけではなく、データが生成・収集される過程を考慮した分析手法の開発はもちろん、こうしたデータを用いた分析がもたらす弊害や倫理的課題にも焦点が当たり始めています。本講演では政治の分野におけるデータの活用とその課題の現状について、最新の知見や私自身の研究、日米比較などを交えて概観します。

第二講演

第204回 講演会

日時: 2023年1月21日(土) 16:30-18:30
会場: MIT E51-325
「化学は21世紀のゲームチェンジャーになり得るか 「ゲル研究」を題材に」

小野田 実真 氏

Director of Polymer Development, Pure Lithium Co.


1900年代初頭、化学は世界の発展の中心にいました。しかし同時に、その発展は世界に深刻な環境問題ももたらしました。そして現在。コンピューターサイエンスが世界を一変させつつある昨今、化学は世界にどのように貢献できるのでしょうか。私はこれまで高分子・超分子ゲルを題材にアカデミアで10年ほど研究し、2社のスタートアップの創業にも携わってきました。本講演ではこれまでのゲル研究を振り返りながらその可能性を提案します。 ところで私は、これまでの研究生活で押しつぶされそうなほど苦しい数年間を過ごしたことがあるのもまた事実です。一時の成功に誤解した私が、研究の本質を見失ったことがその一因です。挫折にまみれた私の研究生活も振り返ることで、本講演が悩める若手研究者の背中を押す一因になれれば幸いです。

第一講演
「テクノロジーで実現するサスティナブルな社会」

大塚 泰子 氏

IBM Corporation, IBM Consulting, Enterprise Strategy Team


この数年、「サスティナビリティ」は非常に重要なテーマになっています。COP(気候変動枠組条約の加盟国が地球温暖化に対する具体的政策を定期的に議論する会合)で全世界レベルで討議がなされ、国連でもメインイシューになっています。民間企業でも、サスティナビリティを踏まえた経営がなされていなければ、投資家や消費者から選ばれない時代になっています。実際、IBMが40か国のCEO約3,000人に実施した調査でも「今後2、3年で企業にとって最も大きな課題と思われるものは?」という質問に対して、世界の51%のCEOが「サスティナビリティ」と回答しており、第1位の課題となっています。本講演では、サスティナビリティがなぜ今重視されているのか、グローバルでの課題や検討内容はどうなっているのか、民間企業の動向や取組みはどのようなものがあるのか、といったマクロ的な視点に加え、サスティナブルな社会の実現に向けたIBMのテクノロジーや研究開発をご紹介します。

第二講演